人気ブログランキング | 話題のタグを見る


ホントはもう少し余裕があって然るべきじゃないか~と自問するアラフォーの日常


by sayururi0704

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

お金

生活に窮している人がいたとする。
私は自分に出来る範囲のところで少しだけお金という形で援助させてもらうとする。
決して湯水のようなお金では無い、かといってそのお金が無いからといって明日から食べるにこまるほどのものでもない。
で、返ってきた言葉が
「ありがとうございます。羽振りがいいんですねぇ~。」
言葉にこそ出さなかったがカチンときた。
そして一気にがっくりとうなだれた。

お金って難しい。
そんな道楽で、はいて捨てる程のお金がある人がどれだけいるというのだ。
お金を使いたくて、人にあげたくてしょうがない人がどれだけいるというのだ。

子供の頃貧しかったのでお金に関する価値観はかなり確固としたものがある。
19の頃バイトで初めて8万もらった時の嬉しさは今でも忘れない。
あれから社会人生活も随分年季がはいったが
あの頃の何倍もの給料を手にしている今でも基本的なお金の価値観は変らない。
もっとさかのぼれば、子どもの頃豚の貯金箱にお年玉を入れて、年々重くなっていくその豚を持ち上げたり、振って音を確かめたりしていた頃と変らない。
だから欲しい物は吟味に吟味を重ねて買ったものだ。
もちろんそういう物への愛着はひとしおだ。

大人になってお金を稼ぐようになったら、おいしい物や、欲しい物をガンガン買おうと思っていた。
もちろんそのいくつかは実現したが、あれほど狂おしいほどにあった欲求がやっとこの歳で満たされようとしているのに、それほど湧いてこない。
むしろ今は物欲が減退していってる感すらある。
いつでも買えると思ったら買えなくなった。
買えない時期は買いたくて悶絶してたというのに皮肉なものだ。

自分の物欲が無くなった代わりに、父や母や周りの人たちへお金を使う道が開いた。
自分がやっと身近な大切な人たちに恩返しできることは何物にも代えがたい喜びだ。
ただし、父は必ずその一部しか受け取ってはくれないけれど・・・・。
それでもめげずに(笑)私はこの行為に没頭している。
お金が人を幸せに出来るというのは素敵なことだ。
そして私自身も幸せな気分に満たされるし、こんないいことはないと思う。

ところが世の中には冒頭で述べたような価値観の人も大勢いたのだと、
今更ながら思い知らされた。
自分が浅はかだったし、甘いと言えばそうなのかもしれない。

この先自分がどんな経済状態になっていくかはわからないが、
お金に関する基本的な価値観はおそらく生涯変らないと思う。

ロレックスのテンポイントを買ったのが今まで一番の清水ジャンプだったが
その代価の60数枚の一万円札と、父や母の旅行や食事に渡す数枚の一万円札と一枚の重さは同じで、だからこそそのロレックスは自分へのご褒美でありえるわけで。

つまりお金そのものに価値があるのでなく、自分が仕事をして獲得した代価としてのお金に価値があるのだ。
だからこそ、その価値を知る者であれば、受け取る側も、例えば私の父のように、渡しても渡しても、まるで慶弔ごとのお返しのように半返ししてしまうような、そんな慎みとありがたみを感じてしまうのが普通だと思ってた。

同じ兄弟として育ちながら一番上の兄はまるで私や父とお金に対する価値観が違う。
長男大事で育てられた彼は、父にすっかりスポイルされ、今では顎が外れるほどお金にルーズだ。
父には気の毒だが彼の大失敗作と言っても過言では無いと思う。
悲しいくらいこの兄とは話がかみ合わない。
価値観の違いからコンセンサスを導こうなんぞ土台無理な話だ。

冒頭の話はルーズとは違うが、お金に対する価値観の違いといった点では同じだ。

極端に恐縮して欲しいのでもなく、かといって礼を感じないで欲しいわけでなく、自分が感じているこの価値観をただ受け取ってほしいだけなんだ。
そういう重みのあるものを渡しましたということ、そういう重みのあるものをしかと受け取りましたと、それだけなんだ。ただ感じてほしいだけ。同じ価値観を。

どうでもいいような、有り余るような、使い道にこまるからくれたんだろうみたいな、そんな受け取られ方をしたらもうがっくりだ。
所詮渡したお金なんだから相手がどううけとろうと今更つべこべ言っても始まらないのだけれど・・・・。
このいいようのない寂しさはなんだろう。

私はその人の前でお金に関することをことさら言ったことはない。
特別着飾っていつも会ってるわけでも無い。
どうしてあのセリフが口をついて出たのか・・・・。
しかもごく自然に。
悪気は無かったのかもしれない。
今の生活がついあのセリフを吐かせたのか。
それとも・・・・私はお金を渡すべきではなかったのか?

人の為に渡すお金は難しい。
街頭募金というものに身を硬くしてしまうのにはその辺のとこにある。
こまっている人を自分のできる範囲で助けられるものなら助けたい。
ではこの人に寄付してこの人にしないのはどんなものか。
じゃ、この人にするのだったらこの人にも・・・・でその数を一体どこで区切る?
そして私は募金と名のつくものに協力できなくなった。

そして協力出来ない理由を今日また発見した。
こういうことだったんだ。
自分と同じ重みで受け取れない人には渡したくない。
その裏にある価値がわからない人にはそれを有効に使うことは出来ないと思うから。

お金をみつめていると、人がもたらした想いが見えなくなる。
もともとそれほどお金に縁があるほうでなかったので、おかげでお金を見ても想いを見失うことはない。
だからこそ母が心配するほどに、時折ポーンと金離れが良かったりする。
価値感を感じているからこそ投じられるものなのだ。

子どもの頃、なけなしの小遣いをはたいて、母の日にエプロンだ、貯金箱だと買いに行った。
あんな大事なお金を人の為に使う喜びを知ったあの日から
私はまるで変っていない。
by sayururi0704 | 2004-12-12 22:24

カテゴリ

全体
映画のことなぞ
とどかぬ想い
妖怪の館
ニュース・時事
未分類

ライフログ


ぼくを探しに [PR]


ビッグ・オーとの出会い―続ぼくを探しに [PR]


モザイク [PR]


アンテナ [PR]


コンセント [PR]


ミシン [PR]


ツインズ―続・世界の終わりという名の雑貨店 [PR]


ライフ・イズ・ビューティフル [PR]


恋する惑星 [PR]

フォロー中のブログ

あきと@社会人生活4年目
UK Style
SOFIA_ SS
まったりRacing
英国助産コラム
英国家族日記
Trettiotre F...
Fuxokあれこれ
海の向こうで。
デジタル写真館D100
K嬢の写真の小部屋
格ぶろ
自分しか見えへん
ラッパ吹きの雑言
小さく笑って (^_^)
helixlive
ブロガー互助連盟「ヨコの会」
代々木よもやま
のんびり・・・ぽかぽか

以前の記事

2009年 06月
2009年 03月
2008年 12月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 07月
2008年 04月
2007年 11月
2007年 07月
2007年 04月
2007年 03月
2006年 11月
2006年 09月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧